教会の入り口で、ろうそくの炎が揺れる。ここは聖バルビナ学園の礼拝堂。
全身を皮膚病に患いながらも、奇跡的に回復した聖女バルビナ……
彼女の名を冠されたこの礼拝堂には、病気の治癒を祈って訪れる人も多かった。
そう、灯火の数だけ、祈りがある。
いや、祈りの数はそれ以上、夜空の星の数を超えるかもしれない。

「待って。私もろうそくに灯りをつけるから」

夜の礼拝堂にはもう、人の気配は少ない。

「全く、お前、火遊びが好きだよな」

「違うから。クラウスは、ろうそくを捧げたことはないの?」

「あるけど。でも、日本に来てからはまだないな」

お布施の小銭を箱に投げると、
私はろうそく箱から一本の蝋燭を取り出し、隣の蝋燭から火を移す。
そして小さな聖バルビナの絵に、しばらく祈りを捧げた。
今までは一人で時々、こうして過ごすこともあった。
でもクラウスが日本に来てからは、いつもこうして、私につきあってくれている。

「アンタとは長いわね。
私に物怖じせずに近付いてきて、いじめっこするなんて、アンタくらいのものよ。
みんな、私を怖がるから」

「お前が怖いっていうか、アイツが怖いだけだろ?
お前が怒っても、全然怖くねーしな」

アイツ……つまり、私に憑いている悪魔のことだ。
誰もが、私の悪魔憑きの事実を知れば怖がり、側に寄ろうとはしない。
それをクラウスは、あえて茶化してくれている。

「もう。そうだ、クラウスはクリスマス、ここで過ごすでしょう?」

「……さあ、どうしよっかな。まあ、気が向いたらな」

クラウスの言葉は、いつも素直じゃないけど、私の耳には心地良かった。

「イタリアに居た頃は、いつもクリスマスに、一緒に遊んだじゃない。
プレゼントに毛虫をくれたこともあったわね」

「はは。そうだったな。今でも毛虫が欲しかったら、用意しておいてやるけど」

「無理だから! あの時は許したけど、今は許しません」

「お前は刺繍の入った靴下とかくれたじゃん。
小さかったのに、よく、あんな凝ったプレゼント用意したよな」

「あれは、バザーの残り物をもらったのよ! それに刺繍しただけ。
あの時は、クラウスがそんなぶっ飛んだ格好するとは思わなかったわ」

「お前だって、人のこと言えないだろ」

「これは、お祖母ちゃんの形見だからいいんです!」

「別に、悪いとは言ってないだろ。似合ってると思うし」

明るく振る舞うクラウスも、実は悪魔憑きで……私と似た所のあるエクソシストだった。
それでも、クラウスは持ち前の性格で、強烈な個性を放ちながらも、
周囲に溶け込むのが早く、結構上手くやっている。

「でも意外だったわ。クラウスがここで、みんなと仲良くしてくれるなんて」

「ま、仲間だしな。お前に怖じけづかすに接してるから、俺も一目置いてやらないとな」

私が灯したろうそくから、さらにクラウスが火を移した。

「でも、悪魔と互角に渡り合っていくためには、時には非情さや大胆さが必要だ。
あいつらは呑気すぎる。
今はまだ、うまくやっていけるけど、そのうちもし必要があれば……」

そこまで言って、クラウスは、その先の言葉を呑みこんだ。

「……クリスマスの頃には、全て無事に終わって、仲良く食卓を囲めるといいわね」

ろうそくの炎が揺れ、私たちを温かく照らす。

「ああ、当たり前だろ。じゃ、とりあえず俺も祈っておくかな。
今年は皆で、クリスマスが迎えられるように」

クラウスは、そう言って笑うと、火のついたろうそくを燭台に置いた。
その優しい横顔が、温かく柔らかな、たくさんのろうそくの火に照らされる。
それはクリスマスまで、私たちが生きていられるように、という優しい祈り。
そして、ろうそくに灯された皆の祈りも天に届きますように……
私は、優しい夜の光の中で目を閉じた。
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