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夕食の買い出しで、街に出ていたときのこと。
私はふと目にした光景に、思わず立ち止まった。
「おいおい、がっつくなよ」
薄暗がりの中で、猫たちとたわむれる少年。
少年は手にしたビスケットを子猫に与え、それを見て大きなのネコも腕をのばす。
ニャアア、と鳴きながら周囲をうろつかれて、
他にもないかと少年はポケットを探ったが、他には何もないようだった。
「ごめんな。今日はこれしかねえんだ」
すまなそうに猫たちを見る少年。
(あれ、まさか……ジード……?)
暗くてよく見えないけれど、派手で現実離れした少年は間違いなくジードだ。
少し青ざめた肌は、悪魔との契約で、無理に命を長らえているせいだ。
でもジードがあんな顔をするのを、私は今まで見たことがなかった。
「ちょっとアンタ、ジードじゃない?」
名前を呼ぶと、ジードは驚いたように目を見開いた。
「……ああ……マリアか」
嫌な奴に会った、と言わんばかりに、眉間に皺を寄せるジード。
それでも、敵意を剥き出しにはしなかった。私は、少し近寄って覗き込む。
「そのネコ、可愛いわね。アンタが面倒見てるの?」
「うっせーよ。あっち行け」
「別にいいじゃない。よくなついてるわね」
「…………」
無言のジードに代わってニャーゴ、とネコたちが返事を返す。
決まり悪そうなジードは、相変わらず私をやりすごそうとしているけど……
猫が返事をしてくれるお陰か、嫌な気はしなかった。
「ねえ、私も触っていい?」
「うっせーよ、ダメだ」
その時ジードの腹の虫がクーと鳴き、思わず手で腹を押さえた。
「おなかすいてるの? なのに自分のお菓子をネコにあげちゃうなんて。」
「うぜっ……ホントお前、あっち行け!」
「よかったらこれ、食べない?」
「いらねーよ」
「今、寮の買出しの帰りなの。これ、私のおやつだからあげるわ」
「いや、そんなこと誰も聞いてねえし」
それでも私がひょい、とリンゴを投げると、ジードは思わず受け取った。
私も袋から一つ取り出して、ちょっとお行儀悪いけど服で磨く。
しゃく、とかじると、まだ少し酸っぱい。
「なんだよこれ。酸っぱいし、堅いし」
ジードも同じようにリンゴをかじっていた。
「紅玉だもの、生だと酸っぱいわ。でも、そんなに堅くないでしょ。歯茎が弱いんじゃない?」
「うっせーよ。」
途端にニャアアと、ネコたちもリンゴに興味を移す。
「なんだよ。これも欲しいのかよ。欲張りだな」
ニャーゴ、と大きなネコがリンゴの動きをおいかけた。
「これはやらねえよ。さっき喰ったろ」
「ねえ、その大きな猫と小さなネコ、親子なのかな?」
「さあな。でも、コイツらもう死んでるんだ」
私は思わずハッとした。確かに、ネコたちの気配は独特で、ジードと同じ匂いがした。
こんなに人にあふれた街で、猫たちはジードになついている……
似たもの同士は知らないうちに引き寄せ合う。
だとしたら、私がここでジードに会ったのも、ただの偶然ではないのかもしれない。
「お前、いいのかよ帰らなくて。頼まれた買い物なんだろ?」
ぽつりと、ジードがつぶやく。
「大丈夫。これは明日の食材だから。アンタはいいの、仲間は」
「ウチはいいんだよ。夕食、深夜だし。深夜すぎて腹減るんだよ」
「じゃ、もっと時間早くしてもらえば?」
「ダメ。みんな夜型すぎっから。ウチで夕方から起きてんの、俺だけだし」
「夕方に起きてるの? 十分遅いわ」
私はふと不思議な気分になった。こうして話しているとまるで普通の友達みたい。
それにジードに『ウチ』なんて言葉を使われるとは思わなかった。なんだか意外だった。
「あれ……?」
気がつくと、目の前にジードの姿はなかった。
ヘルファイアの仲間のところに戻ったのかもしれない。あるのは子猫の姿だけ。
ニャーゴ、と子猫が頭を揺らし、大きな瞳でこちらを見る。
「よしよし」
背中を軽くなでてやると、気持ちよさそうに目を閉じる。
こんな小さな子猫が、街の中で人知れず命を落としたのだと思うと、急にせつなさがこみあげた。
それでも、近くに親猫らしき大きな猫が居るのは、子猫にとっては幸福なのかもしれない。
(私もそろそろ寮に帰って、夕食作りを手伝わなくちゃ)
帰る場所がある……それはとても、幸福なことに違いなかった。 |
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