夏の抜けるような青空に、白い壁が映える美しい教会。
夏休みのある日、私とキリトはエフレム神父に頼まれて、この教会を手伝いに来ていた。

キリトの手元の籠には、鮮やかな夏草と、白く小さなバラが詰まっている。
その籠からは甘い匂いがして、私は思わず吸い込まれそうになる。
それは教会の近くに住む女性からの贈り物。
前に、夫に先立たれた女性が、教会に庭の花を贈っているのだと聞いたことがあるけど……
これは思った以上にとっても素敵!
 そして私たちは、礼拝に来る人のために、教会の周囲をその花で飾った。

「見て、こんなにキレイになったわ」

「すごいじゃん。豪華だな。結婚式みたい」

「れ、礼拝でしょ?」

「わかってるって」

白い花かごを抱えて、キリトは笑った。
みんなのシーツを洗っている時もそうだけど、
キリトには白が似合ってると思う……口にはしないけど。

「でも綺麗ね。水鏡さんもバラを育てていたけど、それに負けてないわね!」

私は満足して胸を張った。

「はは、それ水鏡さんが聞いたら怒るだろうなあ。
でもこれ全部で、大きなブーケ作ったら、すごい綺麗だったんじゃん?
ワイヤーとかでくくって丸くすればよかった」

「だめよ、教会への寄付なんだから!
それに、ひとつのブーケじゃ、みんなが幸せにはなれないじゃない」

「ははは……わかってるって! だからこうして教会のまわりに飾ってるんじゃん!」

「そ、それより……キリト、どうして、ワイヤーなんて持ってるの?」

「いや、あると便利だし。ほらオレ雑用係だから、何かと持ち歩くんだよ」

キリトは笑ってそう言った。
確かに、キリトのカバンからは何でも出てくるし、入っていても不思議じゃない。

「そうだわ。礼拝に来た人に、飾ったバラを一輪ずつ渡して、持ち帰ってもらうのはどう?
それなら、来てくれた人みんなが嬉しいし、白いバラを持って帰る人は、
その後も幸福な気持ちをわけあえるわ。」

「ああ、それいいね」

キリトも納得して、うんうん、と力強くうなづいてくれた。

「……でもさ、ひとりじめって悪いことなのかな?」

「え……どうして?」

その時、教会の鐘……カンパネラが鳴り響く。正午の12時の鐘だ。
ほどなくして、教会には礼拝に訪れた人々の姿が目立ち始めた。

「マリア。オレたちも礼拝に参加するだろ? そろそろ行こう」

「ええ、そうね」

私が教会のほうへ歩き始めた、その時……

「でも、今日はオレ、マリアをひとりじめしたなあ!」

「え……?」

私は一瞬、目を丸くする。
勝ち誇ったような声。でも、その割りに清々しい笑顔を、キリトは浮べた。
側にいる神父さまにもきこえないように小さな呟きだけど、
私の耳には鐘の音より大きく鳴り響いた。

(もう。どうして、そういうこと言うの……?)

そういう天真爛漫なキリトが、いつもうらやましかった。
たまに暗い顔を見せることもあるけど、こうして人に囲まれているとき、キリトはいつも笑っている。
そしてキリトは、私が入ったのを確かめて、教会の白塗りの扉を閉めた。
小さなオルガンが、賛美の前奏を奏で始める……

教会にバラを贈ってくれた女性も、この礼拝に来ているだろうか。
愛する人を失くした女性が、夏の昼下がりに教会で捧げるのは、どんな祈りだろう……
そんなことを考えた。

来年の夏、私はまだ、こんなふうにキリトと話していられるだろうか。
今はこうして明るく笑っているキリトも、夜になれば悪魔の影に怯えるだろう。
せめてこんな昼下がりだけでも、その悪夢から自由でいられたら。
 
その日の礼拝には、いつもよりたくさんの人が訪れ、祈りを捧げた。
教会を飾ったバラのお陰か、ただ夏休みだから?
それはわからないけれど、皆で静かに祈る時間があるのは素敵なこと。
そしてその日は、礼拝に来た人全ての人の手に、白いバラが配られた。
今日は素敵な、ある夏の日曜日。
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