学校に来て間もない私は、エクソシストの先輩、宗像さんと、人気のない礼拝堂の掃除の最中。
つい1時間前、エフレム神父は私たち二人にこう言った。
「今日の午後、海外から大切なお客さまがお見えになります。
急な話ですみませんが、あなたたち二人で、礼拝堂のお掃除をお願いしますよ」 宗像さんは3年生の先輩で、皆のリーダー。
元々女嫌いだった所に、入学してきた悪魔憑きの女子生徒……
つまり私が転校してきて、かなり迷惑そう。
実際いつも、私には距離を置いてるけど、今日はまた一段と機嫌が悪いみたいで、
しかめっ面のまま、黙々と掃除をしている。
「あの……宗像さん、何か怒ってるんですか?私、また何か、悪いことしました?」
ふと、思ったことを口にする。
「マリア、時間がないんだ。さっさと掃除を済ませろ。
それに、別にオレは怒っていない。これが普通だ。」
「本当ですか?」
首をかしげる私。
「でも、礼拝堂を怒って掃除するなんて、神様に失礼です。」
確かに、1時間で綺麗にするには、礼拝堂はあまりに広い。
でも、日頃の掃除が行き届いているお陰で十分綺麗だし、埃も目に見えるほどではなかった。
それでも、生真面目な宗像さんは、一度命じられたら、
端から端までモップをかけ、祭壇を磨かないと気が済まないみたい。
その時、12時を知らせる鐘が鳴り響いた。
「くそ……やっぱり終わらなかった!!」
苛立つ宗像さん。眉間の皺もいっそう深い。
「宗像さん、掃除は間に合わなくっても、せめてお客さまを笑ってお迎えしましょう。
そんな顔しなくても、エフレム神父もわかってくれます」
ふと、ため息をついて宗像さんは磨いている石の彫像を示した。
「あの書物を記している聖ペテロの顔見えるか」
「まあ、とても厳格なお顔ですけど」
確かに、聖ペテロは厳格なおじいさんの顔をしている。
「そういうもんなんだ。お前も黙って掃除しろ」
聖人と自分を一緒にするなんて、大それてる気もするけど、そんなこと言ったら、もっと怒りそう。
「でも、礼拝堂に居るときは、おだかやかな心を忘れないで、昔シスターに教わりましたよ。」
「…………」
宗像さんは、ちょっと決まり悪そうに眉根を寄せると、数回咳払いした。
「じゃ、あの悪魔の絵はどんな顔をしている」
「え!? まあ確かに、笑ってますけど……!!」
たじろく私を、宗像さんが苦笑した。
「く……………」
宗像さんが笑った。笑ったというには、ちょっと…ひきつっているけど……
その時、礼拝堂の扉が開いた。
その隙間から、様子を見にきたエフレム神父の顔がのぞいた。
「二人とも、お掃除お疲れ様!
お陰で、礼拝堂に胸を張ってお客様をお迎えできそうですよ。」
「いえ、すみません。実はまだ終わらなくて」
宗像さんは、エフレム神父に正直に頭を下げる。
「いいんですよ、宗像。
実のところ、今日は掃除そのものより、貴方とマリアに協力して欲しかったんです。
でも、その願いが叶ったのは、貴方の笑顔を見ればわかります」
「え……!?」
今日は二度も同じことを言われて、宗像さんは神妙な顔をした。
だけど、最後に私に不器用な笑顔を見せてくれたのを、私は見逃さなかった。
まだまだ、本当に打ち解けるまでに時間はかかりそうだけど、
いつかもっと、宗像さんの屈託のない笑顔に出会えますように……
私は、しかめっ面の聖ペテロの絵に、こっそりお祈りをした。
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