「ああ、私の坊やが……!」
「貴女は下がっていて。僕は神父です。麻薬中毒者か、精神の異常でしょう……僕が、彼女を説得します!」
「おい、マリア……止めなくていいのか?」
ウリエルが再び、私の耳元で囁く。
「わかってる……あれは麻薬中毒なんかじゃない。完全に“彼”に取り憑かれてる……」
このままでは、神父が危ない。私は叫んで飛び出した。
「ロージ神父、違うわ!それは……!!」
悪魔、という言葉を今、口に出すのは好ましくない。
「マリア下がって!貴女は巻き込めない……!」
ロージ神父は、包丁を持った女性に近づく。
「罪深き子羊よ、主は許してくださる。何人も罪を悔いるのに、遅すぎるということはない……さあ、刃物を置いて。頭の後ろに手を組みなさい。」
次の瞬間。彼女の手首がありえない方向に曲がり、肉包丁が唸りながら空を切った。
「愚かな神父め……己の無知を恥じて死ねェェェ!!!」
ロージ神父めがけて、肉包丁が振り下ろされる。
「危ない!!」
「う……ああ……!!」
不吉な音をたててロージ神父のわき腹に包丁が深く刺さる。その場に倒れる神父。
「きゃあああ……!!」
野次馬の輪が一斉にどよめき、悲鳴をあげる。
そのまま見物客は右往左往して、散り散りになった。
包丁を握った女性は私の方へ、一直線に歩み寄る。
街の広場には強風が吹き荒れ、雨雲に覆われた。
「主よ、み名が崇められ、み国のきたらん事を……」
私は聖水をありったけふりかける。
「く……貴様、エクソシストか。」
声の主はいっそうはっきりとその言葉と表情を表す。
「そうよ。これからアンタを地獄の底へ送り返す。」
ロザリオを額に押し付けると、シュウウ、と灰色の煙をあげて焼けるような音がした。
「アバズレが!!この死にぞこないの女もろとも、あの世に送ってやる……!!」
グサリ……悪魔は包丁で、彼女のわき腹を刺す。
「やめなさい……!!」
彼女の返り血が、私の全身にあびせられる。それでもロザリオをかざし、私は続けた。
「O salutaris Hostia Quae coeli pandis ostium.Bella
premunt hostilia; Da robur, fer auxilium.. (嗚呼、救霊の生贄、天つ御国の門を開き給う御者よ、我らの敵は戦いを挑むが故に、我らに力と助けを与え給え。)」
私がラテン語で祈りを唱えると、悪魔は急激に怯え始めた。
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